1999年5月の富内線・穂別〜富内の風景その1

穂別駅付近にて
富内方を撮ったものです。
線路跡のような
細長い空き地があるだけで
鉄路を想像させるものはありませんでした。
穂別〜富内の間です。
かろうじてキロポストが残っていました。
雑草に覆われ、さすがに歩けませんでした。
これも穂別〜富内間です。
急な坂道の林道とは違い、
なだらかに山間を進んでいました。
写真で見る限りでは
雑草の茂みって感じですが
ひざ下程度の草むらなので
探索するのも楽でした。
マクラギを取り上げられた砕石。
今も鵡川を臨んで眠っているのでしょうか。
農道や林道の代わりとして使われていると
このように草も少なく
いかにも「鉄路」いう風景になりますね。
穂別〜富内ですが
詳しい記録をしていない為
どの辺りなのかは分かりません。
掘割と言うのでしょうか?
大きな石に囲まれていたのですね。
富内駅の寸前です。
電柱も残っているのですが
何もついていないので
何に使われていたかは分かりませんね。
この場所だと場内信号機には近すぎますし…。
富内構内にて撮った「鎖錠器」です。
横が信号テコと繋がっていて
下は分岐器と接しています。
ポイントの向きを照査することで
進行信号を出させていた訳ですね。
3番線から鵡川方への出発信号機です。
ただ、3番線の線路は撤去されているので
実質、建っているだけですが…。

ちなみに
左の線路が2番線=下り本線
右が1番線=上り本線
撤去されている3番線=上下副本線
でした
駅構内には車両も大事に保存してありました。
形式はメモっていないので不明ですが…。
駅舎の傍らに在る「てこしゅう」です。
実は、この信号テコも含め
腕木信号機などの富内駅の備品が
映画「鉄道員」へ貸し出されたって
知っていましたか??
2番線ホームです。
現役を思わせるような佇まいですね。

この駅の保存に際して
いろいろとあったようですが
反対を押し切り保存に尽力した人には
頭が下がります。
富内駅の駅舎をホーム側から撮りました。
沿線電話器がボックスごと盗まれていたとかで
この駅を管理保守している人が泣いていました。


1999年5月富内線 その2へ続く