1999年5月の美幸線・仁宇布〜辺渓の風景 その1

前回は雨でよく見られなかった区間を
今回は仁宇布から歩くことにしました。

仁宇布の構内は
「トロッコ王国」の基地になっています。
時季が早かったのか平日だったのか
王国は営業してませんでした。

この写真は美深を背に撮影してます。
581系が色褪せて可哀想でした。
上の写真をホーム際にて
北見枝幸方面を撮影です。
中央のホームの柵の上には
「ホーム側添乗禁止」と書かれています。
添乗…って書くって事は
以前は貨車の入換をしていた
って思わせますね。
上の写真よりさらに進んで
終点側の分岐器付近を撮りました。

左のポイントは「標識付き転換機」ですが
矢羽と灯がなくなってます…。
さらに奥へ進み
美幸線の最後の分岐器です。
1:1の両開きかな。
標識が積雪対策なのか
高い位置に付いてますね。
美幸線の開業部分の終点です。
1985年の廃止から20年を経ても
車止め標識が終点を見つめ続けてます。

倒れ掛かった「終」と書かれた標識は
何の意味を表していたのでしょうか…。
その終点から仁宇布構内を臨みました。
下り本線が引上げ線のまま終焉を向かえ
今に至っています…。
もう一度構内に戻ってきて
今度は美深側です。
第2種連動だったみたいなので
ポイントの転換は手動ですね。
本線に関わる分岐なので
鎖錠装置がありました。
仁宇布駅の場内信号機です。
1柱1機って事は
到着番線は1つだったのでしょうね。

仁宇布構内に残っていた信号機は
この場内の1機だけでした。

線路とホームを残すのだったら
駅舎も残して欲しかったのに
と、思いませんか?
上の写真を撮った位置から振り返り
美深方を撮りました。
直線でアップダウンがあるのを

写真で出すのは難しいですね。
昭和30年代以降の橋梁は
コンクリートが主流なのでしょうか?
設計が新しい割には
使われている石が砕石ではなく
砂利ってのが気になります。
残雪の山々をみながら進みます。
道道のそばなので熊の心配も少ないです。
上の写真を角度を変えて撮りました。
線路際には「白樺」が多かったです。

建築限界を侵しているって事は
廃止後に生えてきたのでしょうか?

1999年5月・美幸線 その2へ続く